始まりのお話


 むかし、むかしのおはなしです。



 あるところに目無しの神様がいました。
 体は白い体毛に覆われ、頭部には体毛を束ねた二本の触角が生え、六対の翼を背にのせ、長くて立派な二又の尻尾を持った獣の神様でした。
 猫科に似た二つの耳は、どんな音も拾い上げました。巨大な口からは鋭い牙が見えていました。

 目無しの神様は、他の神様から嫌われていました。獣の神は珍しい上に、彼は目無しだったからでした。
 そうしてある日、目無しの神様は居場所を追放され、行く宛もなくふらふらと辺りをさ迷わなくてはならなくなりました。

 目無しの神様はとてもさみしがり屋でした。独りが怖くて怖くてたまりませんでした。
 何もない空間で彼は、誰にも知られることもなく泣きました。目は無くとも、涙は溢れ落ちていきます。小さな水溜まりができました。
 その水溜まりを彼は覗き込んでみました。自分の姿が映ります。眼を持たない白い獣がそこにはいました。
 その時目無しの神様はひらめきました。自分が世界を、自分を受け入れてくれる世界を創り出してしまえば良いのだと。

 神様は元来、何かを創り出す存在です。無論目無しの神様もそれは同じことでした。
 水溜まりに手をかざすと、そこに小さな命が生まれました。白い光と共に、誕生したのでした。
 薄い水の中で淡い呼吸を繰り返すその子は、目無しの神様が初めて創り出した確かな命でした。
 名も無いその子は、彼の大切な子でした。
 灰色の体毛に覆われた体は、彼の手のひらに乗っかるほどの大きさでした。黒い眼に赤目を灯した瞳は、親である目無しの神様を映し出しました。
 そして、小さく笑いました。

 灰色の子はすくすくと育ちました。目無しの彼も彼女の成長を見守っていました。
 しかし大変なことが起こりました。彼女を創り出した際に何らかの異常が発生したようで、ある時彼女の体から彼女と瓜二つの、白と黒の体毛を持った子が一人ずつ生まれてしまったのでした。
 目無しの神様は焦りました。灰色の子にとてもよく似たその子達が生まれてからというものの、灰色の子は途端に元気をなくしてしまったからでした。

 目無しの神様は気づきました。あの子達は灰色の子の精神や意思、そして心が形になって外に出てきたものなのだと。
 彼女の一部が抜け出てしまったとあっては、元に戻してあげなければなりません。そうしないと灰色の子はどうにかなってしまいそうで、心配で仕方がなかったのです。

 目無しの神様は白の子と黒の子を、灰色の子に戻すことを決めました。最初に目をつけたのは白の子でした。白の子は灰色の子の明るい部分が抜け出したようで、破天荒でやんちゃで、手のつけようがありません。それに比べて黒の子は、物静かでいつもじっとしていました。
 手のかかる子を片付けてしまえば、後は楽なのです。目無しの神様は白の子をやっとの思いで捕まえると、灰色の子の体内に押し戻しました。
 黒の子は、次の日にしよう。目無しの神様はそう思いました。灰色の子の様子を見てみると、どうやら幾分か体調が回復したようでした。

 予期せぬことが起こったのは、翌日のことでした。黒の子が忽然と姿を消してしまっていたのです。目無しの神様は目を回しました。黒の子なりに、自らの命の危機を感じ取って逃げてしまったのかもしれない。不安は募るばかりです。
 けれど目無しの神様が予想していた以上に、灰色の子は回復していました。それこそ以前と何ら代わらないように、目無しの神様の手をそっと握りました。
 灰色の子がそんな様子なので、目無しの神様は心の片隅で、黒の子は戻さなくてもいい、という思いが生まれました。

 それから灰色の子は立派に成長しました。一人で生きていけるようになりました。目無しの神様は手始めに、命を造る方法を教えました。
 しかしながら、どうにも上手くいきません。灰色の子は首を捻るばかりでした。
 それなら、と目無しの神様は、未練を残してさ迷っている成仏しきれない魂に手を伸ばしました。

「これを媒介に造ってみたらいい」

 目無しの神様の言う通りに造ってみると、なんということでしょう。確かに彼女の手に新たな生命が誕生したのでした。
 灰色の子は目無しの彼のために、たくさんの命を造り、育みました。後に起こる悲劇のことなど露知らず、ただ一心不乱に自分のつとめを果たしたのでした。



 そうしていつか、目無しの神様が創った小さな世界は、微力ながらに活動を始めたのでした。





2014/04/18
執筆日は二月二十六日でした。



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